家族

フォレスト・アドベンチャー

  この夏は思い立って箱根湯本の「フォレスト・アドベンチャー」に行った。日本各地に増えてきた人気のアクティビティだが、これは、体力不足の中年以上にはかなりキツイ。 命綱を付けて、梯子やネットを使って木に登り、最高30mの高さの木と木をアスレチックに渡り、時には長いスライダーで滑り降り、自分の体重を支える腕力が必要だ。

  5年前の千葉での体験から、自分の劣化を考慮して、数週間前から体力増強トレーニングに励んでいた。(怪我しないようにね) 最初 失礼にも「お母さんできるのかよ?」と言っていた16歳の息子は「こえー(怖い)」 「ふざけんなよ(着地失敗して泥だらけになって)」をforest advencher1連発しながら、私よりモタついていたが、小学生の時とは違って余裕のクリアー。

  しかし不思議だ。息子は体力あるし、ゲームをするときの動体視力は抜群なのに、体と頭全部を使っての冒険には未熟な感じであった。昔の子供のように、何かを見つけて飛んだり、ぶら下がったり、高いところに登ったりの能動的な遊びが少ないのであろう。

  逆に木登り、冒険好きの私は大いに張り切ったのだが、翌日は涼しい顔の息子の横で、動くたびの酷い筋肉痛に一気に老け込んだのであった。

 

                    これが最後のアドベンチャーになりませんように ポッポ

 

Let It Go(ありのままで~♫)

LET_IT_GO-8551 4月 珍しく高校生の三男から「映画見に行かない?」と誘われた。ディズニー映画「アナと雪の女王」だ。 今や映画の中で歌われる「Let It Go」は、大ブームとなっているらしい。誰もが「今まで抑えていた自分を解放し、自分らしく生きようと変わる姿」をズバリ表現する歌詞に感動するのだろう。

 では、「ありのままで~」と生きるにはどうすればいいのか? ヒントは英語バージョンの「これでいいの~ 善悪やルールに苦しまずに~♪」にあるように思う。 幸い私の身近なところにそれができる人間がいる。

 幼少の頃からフツーができず、トラブルを連発し、中・高校生ともなると、学校からは何度も呼び出しをくらい、たまに警察からもおとがめを受け、自分のしたいことだけに熱心に行なう長男は、正に「ありのまま」「これでいいの」と生きている。そして彼は、真っ直ぐで何にもとらわれず、ストレスを溜めない。

 人は大なり小なり人に迷惑を掛けながら生きるもの。たとえ、自分で食事ができなくても、トイレに行けなくても、世話になりながら生き続けなければならないことだってある。 ルールや常識、道徳などは人が集団生活するために生まれたもの。学校は社会で適応できる人間を育てるところ。人個人の幸せのためにあるのではない。だから、それらに忠実であるほど、個人の自由・欲求は抑えられ、しんどくなる。 つまり 「あの人、自己中心的で非常識で嫌な人よねー」と言われる覚悟ができれば、グッと楽に生きれる、ということだろう。

 またあの「ズン、ズン、ズン、ズン・・・」という重低音が近づいてくる。給料を惜しげもなく注ぎ込みカスタマイズされる長男のクライスラーは、本日も絶好調である。

                                 BY ポッポ

 

母は空高く

母の山この古い写真は60年前、母が見ていた景色。

私の母は当時は珍しく大学の山岳部に所属する”山ガール”であった。 登山用具も交通の便も悪かった当時、この厳冬期の山に登っていた母を思うと、「真似できない」とつぶやいてしまう。

30年ほど前、脳内出血後も生き延びた母は、ログ・ハウスを建ててしまい、「山小屋へ行こう」と時々、私たち子供や孫を連れて出掛けていた。 しかし、ここ10年ほどは脳障害が顕著になり、昨年秋の入院後はほとんど意思疎通ができず、完全介護の要介護5となってしまった。

「人はどんな最後を迎えたいのか?」 私と妹は 勇気のいることではあったが、自宅で介護支援や医師の訪問を受けながらの介護、救急車を呼ばない、点滴もしない、自然死・尊厳死を選択した。 退院前、母はどんどん食べれるようになり、まだ回復できるかもしれないと思っていたのに、退院1ヶ月半後、ゆっくり枯れるように、穏やかに息絶えた。

そのまま自宅で近親者のみの小さな葬儀をした。 おばあちゃんの写真を見て、孫たちも盛り上がった。 悲しいけど温かく幸せなひとときだった。

安楽死のない、医学の進んでいる日本では意思があっても簡単には死なせてもらえない。 また介護の現実は、介護する側の時間的、経済的、身体・精神的な負担を半端なく強いる。 認知症と違って動けない小さな母の世話でも、赤ん坊の数倍も大変なことであった。 たった一人に数十人もの専門家・ヘルパーが関わってようやく成立する介護だが、高齢化の日本はどうなっていくのだろう? 空恐ろしい。

 

母のようには登れないし、この真冬に写真と同じ景色を飛行機で見るには、ちょっとした揺れ!?を覚悟しなきゃいけないだろうと、ただただ眺めるだけの私である。。。   ポッポ

 

 

 

 

 

 

 

 

母コケた

母コケた先日、義母が転んで利き腕を負傷した。家事はもちろん、着替え、入浴もままならない。一人暮らしの81歳はいつ何があるかわからないと、今回も想定内ではあった。が、いろいろ手配が済むまでは、一日おきに片道3時間かけて通うことになってしまった。

義父、実母についで3回目の介護申請。整形外科は冷たい。半年以上通院しないと手続きしないと言うので、かかりつけの優しい内科医にお願いした。

認定訪問員が家までやって来て義母にあれこれ質問する。「洗濯物は干せますか?」と聞かれれば「竿を低くしてもらったので、左手と歯を使って干します」。「散歩するそうですが、どのくらい歩くんですか?」には、「最近 歩くのが遅くなって、ヨーカドーまで1時間くらいかかります」。「えっ!? 1時間も歩けるんですか?」「ええ、歩きますよ」と、背筋をピンと伸ばし、ハキハキ答える義母・・・。まるでお達者クラブのインタビューのようだ。

結果は1ヶ月先になるが、ともかくヘルパーさんに来てもらっている。そして、感謝しなければならないのはお隣。怪我をした時も病院に連れて行ってくれ、今もヘルパーさんが来ない日はシャワーと着替えの世話をしに来てくれる。「私だったら、隣りの世話なんかしないよ」と、正直者の義母は感謝しつつ、ちゃっかり世話になっている。

しかし、こんな有事に役立たないのはやはり「息子」であった・・・

BY ポッポ